認知症高齢者の預金が引き出しやすくなる?! ─「親族による銀行預金の代理引き出しの制度」

日本の高齢化はますます進み、70歳以上が個人金融資産のうちの4割を保有し、2025年には国内総生産(GDP)の約4割にあたる200兆円以上の資産を認知症患者が保有するようになると予測され、対策が急がれています。
そこで、認知症により判断能力が低下してしまったとしても、「家族が必要な書類を集めれば預金を引き出せるようにしよう」という声が上がりました。
全国銀行協会から2021年2月18日、判断能力が低下している預金者本人に代わって、医療費など本人の利益が明らかな使途について親族が代わりに引き出せるという、認知症患者が持つ預金の引き出しに関する指針の発表がありました。

* 「銀行口座の凍結」と聞いたことはありますか?
これまでは認知症などで預金をしている人の判断能力が低下している場合、銀行では本人の意思確認ができないと判断し、預金の引き出しや定期預金の解約、振込の手続きに応じることができませんでした。
「銀行口座凍結」といわれることです。
たとえ、ご本人とご家族の方が同行して、事情を説明しても手続きをすることはできず、その使い道が治療費や介護施設の入居費だとしても結果は同じでした。

介護をしていくうえで、この問題に直面してしまうと、ご家族にとって大変な問題になります。
介護費用を立て替えるだけでも大きな負担ですが、さらに、介護費用を相続人が立て替えたとしても、その金額を相続時に相続財産から差し引くことは認められません。

* 預金引き出しをするために【成年後見制度】を利用すればいいでしょうか?
銀行口座の凍結という問題に直面した場合に、「成年後見制度を利用すれば、預金の引き出しも定期預金の解約もできるので問題ない」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
金融機関も後見制度の利用を勧めます。

成年後見制度の利用理由は【預金の管理・解約】が第一位ですが、これを簡単に考えると大変なことになってしまいます。
なぜなら、成年後見は預金の引き出しだけでなく、すべての財産について、本人が亡くなるまで続くからです。
そして、弁護士や社会福祉士などの専門職後見人が財産管理に関与し、その後見人に対する報酬も本人が亡くなるまで支払わねばなりません。

これは、家族にとっては財産から後見人報酬を支払い続け、専門職の関与により、財産の主導権を手放すことになります。

* 新しい制度で高齢者の預金対策は大丈夫でしょうか?
 1.使途が明確な引き出ししかできない
この制度は、医療費や介護施設費など、本人の利益が明らかな使途である場合は、親族による預金の引き出しができる制度です。
そのため、生活費や使途を限定しないで預金を使いたい場合にまで対応されるものではありません。
「本人の利益が明らか」であることを金融機関に対して証明できなければ、引き出すことはできないということです。

 2.積極的な運用ができるわけではない
投資信託の解約については「預金よりも慎重な対応が必要」としながらも、限定的に対応が可能としています。
しかし、本人の利益が明確ではないということから、贈与や不動産の購入、財産の投機的な運用については対象にならないでしょう。
「税対策」や「資産運用」に預金を引き出して使うという事は、できない可能性が高いということです。

この制度は、まだ実務レベルで稼働していないなので、「いつから使えるのか」や「使える要件」など、まだまだ実際の利用場面でどのように運用されるのか不明な部分も多いのです。

更に、戸籍や請求書など本人との関係性や使途を明確にする書類を揃える必要があると考えられ、揃えるべき書類にも一定の厳格さが要求されるのではないかと予想され、手間も非常にかかるでしょう。

* 認知症の方には朗報でしょうか?
すでに認知症などで判断能力が低下してしまった人には、確かにありがたい制度です。
医療費や介護費用などは支払えるかもしれません。
しかし、認知症に対する備えは、はたしてこれだけで十分でしょうか?

この制度では、「実家を売却して資金を捻出したい」という希望や、「孫への教育資金を贈与したい」、「資産の組み換えをして税負担を軽減したい」というような様々な対策を実現できません。
そして、預金の使い込み問題や争族問題を回避することもできません。

やはり、よりメリットも大きく、柔軟に財産の管理ができる家族信託や生前贈与で早めに準備しておくことが一番です。

* 家族信託とは?
家族信託は、財産を家族に信託する制度です。
信託をされたご家族は受託者として信託された財産を、契約内容に従って管理・処分できます。

受託者が本人のために、契約で定めた財産管理の方法に従って管理・処分できる仕組みで、受託者のできる事の範囲を予め自由に決めておけるのが最大のメリットです。

契約の内容について家族でしっかり話し合っておけば、財産の使い込みや相続で揉めてしまうことも避けられます。
さらに、遺言代用機能があり、遺言のように財産の承継先を事前に定めることができます。

生前の対策は、「家族信託」「親族による預金の代理引き出しの制度」を上手く組み合わせて考えるべきでしょう。

今回の制度が整備されれば、いざという時の出金には対応できるようになりそうですが、それだけで認知症に伴う財産凍結を始めとした、全ての問題が解決する訳ではありません。
難しいことではありますが、頭がしっかり働き、元気なうちに家族で認知症になったらどうするか話しておくことが何より大切ですね。

「こんなはずじゃなかった」と言わずにすみますように!
ご家族みなさまが、心穏やかに過ごせますように!